07/3/26

街の本屋とは何か

カテゴリー: - okano @ 13:05:07

投稿:兼業社長

ブックメール倶楽部代表の岡野秀夫さんがお書きになった文章「街の本屋さんが消えてしまう」(2007年3月1日)を読んで、死んだ両親が残した小さな書店と、それを守る私たち姉弟のことをいわれているような気分になり、我慢できずに長めのレスを書き送った。おもしろがってくださった岡野さんが、何か書かないか、と返事をくださったのを幸い、気になることを作文にまとめてみることにした。今の生活が一般的とはとうてい言えない状況なので、もしかすると共感しづらい愚痴になってしまうことを心配している。

 日本に書店は20000店くらいあると言われてきた。それが毎年1000店くらいずつ潰れてきて、今や10000店くらいになっているらしい。らしいというのは、どのような小売業形態を書店というのかによって集計数が変わるからで、雑誌を扱うスーパーやパン屋さんをカウントするなら、もっと数は増えるだろう。日書連(日本書籍商業組合連合会)の傘下組合員は、ピーク時である1986年の12953店の、約半数(2006年4月現在6683店)。20年で6000店以上が消えていった勘定になる。日書連加盟書店が書店全体の7割とすれば、書店総数は10000店となり、以上の話と符合する。潰れるのは小さな書店で、大型書店の新規開店は続いているから、売場面積合計はそれほどの変化はない。

出版物の推定販売額は1996年の2兆6570億から次第に減少、現在は2兆円をようやく超える程度だ。平成15年7月の経済産業省「出版産業の現状と課題」によれば、出版の売上総額のうち書店流通は2000年で65%だから、今や50%と仮定して10000店で分ければ1店あたりは1億円ということになる。ところが、書店売場総面積は3,681,311屐雰从兒唆半2002年)だから、1店あたりの平均売場面積は368屐△弔泙110坪で一億円なのだ。「街の本屋」の定義はいろいろあるだろうが、ここでは家族中心に運営している、当店のような20〜30坪のこぢんまりとした書店としたい。坪数で割れば年2000〜2500万がその売上ということになる。本屋の粗利は2割だから、手元に残るのは年に400〜500万。持ち家で家賃の心配がないとしても、食っていくのに精一杯で、だったら店を人に貸して家賃収入を期待するほうが、よっぽど健全な考え方だといえまいか。かくいう当店の昨年売上は1500万円。悲しいことに平均から算出した数字にも達していない。当然赤字で、不足分は店と一緒に引き継いだ資産と自分の給料からまかなっている。

全体の売上が伸びなければ救いも何もあったものではないのだ。ところがここ数年の傾向として、売上好評本の多くが新書や文庫のような低価格商品であり、1点当たりの商品定価は下がっている。それなら正味の見直しの機運があるかというとそれもない。欲しい商品は配本されず、客注があっても品切重版未定、それで何をどう売ればいいというのか。

以上は定価問題、正味問題、流通問題として整理できると思う。これらは今改めて出てきた問題ではないし、「街の書店」をとりまく状況が厳しくなり始めた20年くらい前から繰り返し提起され、版元、流通、書店のそれぞれの立場で継続して議論をしてきた内容のはずだ。誰もが真剣に取り組んでいるのに、全く改善されないのはなぜなのか。つくづく思うのは、この3点を含めて今出版業界が抱えている問題点というのは、解決すべき個々の課題ではなくて、もっと構造的な問題ではないかということだ。

大きな転換期を迎えているのは間違いない。平日出版社に勤めている私は、こんなにもどっぷりと当事者なのに、今何をどうしたらいいのかがよくわからない。出版の現場でも、書店の現場でも。だから、体を張って確かめてみよう、と思ったのだ。

街の本屋は必要とされていないのだろうか。私はそうではないと思う。消費者の利益だけを優先させるなら、再販制を維持する必要などないはずだ。売れるとわかっている本だけを、調理パンや総菜弁当のように大量生産して安く売ればよい。しかしそうなったとき、思想信条、出版表現の自由はいったいどこへ行ってしまうのか。

いしいひさいちさんの「ホン!」(徳間書店、2006年08月)には、作家のヒロオカセンセと猫顔のお手伝いさんが、閉店挨拶の張り紙のある書店の前を通りかかる場面が出てくる。また本屋さんがつぶれてしまいましたね。ウム。これからどうなるでしょうね。どうなるのかな。私が思うに100円ショップかコンビになると思いますねたぶん。バカモン!出版文化がどうなるのかなといってるんだ。それはやっぱり100円ショップみたいになるかコンビニみたいになるかだわにゃ(p.28、35)。

再販制を維持するためには、本を売るという仕事を愛し、誇りを持つ人たちが必要なのだ。それは、まさしく店をたたもうとしている「街の本屋」たちではなかったか。利益優先で開店してみたり転廃業してみたりするようなチェーン店に、文化財としての本の価値などわかるはずがない。どのような出版物も、データとして平準化してしまうインターネット書店もしかり、真夜中の防犯対策として立ち読みできる雑誌コーナーを作っているというコンビニエンスストアもしかり。

 地代の安い郊外に、駐車場付きの大型チェーン店ができる。または、駅の施設を利用して、鉄道会社が自前のチェーン店を展開する。地域にへばりつくように店を開いていた小書店がつぶれる。やがて決算の時期が来て(チェーン店の新規開店では、三〜五年延勘定という条件で棚を作る。だから三〜五年後に本当の決算がくる)、業績が思わしくなければ転廃業だ。かくて、住宅地から歩いていける距離に書店のない地域が、東京近郊でも発生することになる。自転車操業的に新規開店を繰り返すことによって収益の悪化を防ぐようなやり方はいずれ破綻するに決まっているし、もともと薄利の商売なのだから、アルバイトやパートで店を運営していくしかなくなる。そこでは、マニュアル通りの商売しか成立しないだろうし、結果的に百円ショップのような店になる可能性が大きいのではないか。

一人で店の棚を管理するには20坪が限界だという。これは、「トーハン書店経営統計」から算出した従業員一人あたり受け持ち坪数約16坪とも符合する(資料は2005年のもの)。年中無休で外商ありの夫婦二人で20坪。同資料によると、黒字経営営業所の坪当たり売上は月に15万だから、20坪なら300万、年に3600万ということになる。粗利益率が22%程度だから、792万円、このうち8割を人件費とするなら、夫婦二人または家族で633万。おそらくこれが実現可能で希望のもてる「街の本屋」のモデルになるのだと思う。

街作りには個人商店が必要だ。再販制には「街の書店」が必要だ。学校と家庭と地域の三位一体で子どもたちを育てよう、というのが今の教育改革の骨子ではなかったか。地域とは、コンビニエンスストアやチェーン店のパートさんのことではあるまい。地域に根を下ろした商店の、おじさんやおばさんなのではないか。たまたま本屋の息子に生まれた私は、こうして「街の本屋」生き残りをめざすことにしたのだ。


コメント

このコメントのRSS

TrackBack URL : http://www.bookmailclub.com/x/modules/wordpress/wp-trackback.php/74

この投稿には、まだコメントが付いていません

コメントの投稿

改行や段落は自動です
URLとメールアドレスは自動的にリンクされますので、<a>タグは不要です。
以下のHTMLタグが使用可能です。
<a href="" title="" rel=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <br> <code> <em> <i> <strike> <strong>


ご注意 : セッティングにより、コメント投稿から実際に閲覧できるようになるまで暫く時間が掛かる場合があります。 再投稿の必要はありませんので、表示されるまでお待ち下さい。

14 queries. 0.104 sec.