06/12/7

2003年3月6日 新文化

カテゴリー: - okano @ 18:05:02

出版特殊論 再考                                       岡野秀夫

出版業界の特質を考える上で、先日、株式を店頭公開した幻冬舎見城徹社長の発言が興味深い。「(出版業界は)言い訳産業だから。流通の制度が悪い、ブック・オフや図書館の貸し出しに影響される、活字離れが進んでいると。私は「言い訳の三種の神器」と呼んでいる。新聞の株価欄に載るような、衆人環視の中で一挙手一投足が、きちんとウオッチされる場所に行き、ソニーやトヨタ、電通と同じ土俵で勝負したい。」(毎日新聞ウェッブサイト 1月31日付けザ・インタビューより引用) このような意見が説得力を持ちつつあるなかで、理念先行の出版業界特殊論が浮世離れした過去の遺物のように感じられる。

一方、急成長した出版関連企業には、リクルートとか、ベネッセとか、出版業という枠にはおさまりきらない総合情報産業や総合教育産業がある。これらの企業は狭義での出版業ではなく、その関連分野に進出した(または関連分野から出版業界に参入する)ことで大きく成長した。

出版業界が他と明かに異なる点に、「日本語」の壁がある。自動車であれば、どの国でも左右のハンドルの違いくらいはあっても、同じ車を販売できる。ところが出版業界の顧客は、ほぼ日本に住む1億2千万人の日本語母語話者に限られ、市場自体が圧倒的に小さい。したがって、出版業は売上高等で他の主要産業と比べはるかに小さい。しかし、間接的な経済波及効果は大きいはずだ。その点については、あまり言及されたことがないと思う。そこで、今回、その点に着目して、出版業界特殊論を再考してみたい。

さて、いきなり小社の例で恐縮だが、小社では言語学、日本語教育などの専門書を、1,500円から4,000円くらい定価で、初版1,000部から5,000部くらいの部数で出版している。1タイトルあたりの売上げはせいぜい数100万。1,000万を越えるような本は多くない。

小社で500万円分の売上げがあがった日本語の文法の本があったとしよう。その本で展開されている文法理論をもとに、コンピュータソフト会社が、新たな日本語入力システムを開発した場合、ソフトの会社の売上げは桁違いに大きくなるはずだ。日本語入力システムは、当然、ワープロソフトなどの開発にも波及効果がある。場合によっては、100倍、1000倍、それ以上の経済波及効果も考えられる。これは別に大げさなことを言っているわけでもなく、実際、ソフト会社の研究員などは、小社の本の大変良い読者なのだ。 数年まえから大学をベンチャー企業育成のためのインキュベータにしよう、というようなことが言われているが、学術出版もまさに同様の役割を担っているのだ、しかし、いかんせんそのような認識がまだまだ世間では希薄だ。

経済波及効果があるのは学術出版に限ったことではない。ポケモンの例を出すまでもなく、日本のコミックは、ゲームソフト、トレーディングカード、映画にテレビ、はたまたキャラクタービジネスと、狭義の出版業の何倍、何十倍の利益をもたらしている。文芸書でも「リング」が映画化され、さらにアメリカでリメイクされた。出版界が自分達の業界以上の利益を関連する業界に間接的に与えている証拠はいくらでもあげられるはずだ。

にも関わらず出版界において人を育てるのには、時間と手間暇がかかる。出版社でオリジナリティのある本を編集できる編集者を育てるのも、また、魅力的な書棚を作れる書店員を育てるのもそれなりの時間がかかる。マクドナルドのようにマニュアル化することは困難だ。いわば職人的な世界で、ビッグビジネスにはなりにくい特殊な産業だ。

さて、冒頭でご紹介した見城氏のコメントには、続きがある。「ベストセラーから派生する新しいビジネスモデルを作りたい。例えば『ビッグ・ファット・キャットの世界一簡単な英語の本』の世界を通信教育、文房具、ゲームソフトなどへ広げていける。そのための資金はマーケットから調達しないといけない。」

見城氏は狭義の出版業だけでなく、キャラクタービジネスやゲームソフトビジネス等の要望な市場を持つ関連ビジネスにうってでようと考えている。裏を返すと、狭義の出版業だけでは成長に限界があるということだ。

出版業界の中には、新しい商売の種のようなものがいっぱいある。また、ポケモンの例で恐縮だが、ポケモンのコミック誌を売っている書店からブームが始まり、テレビ、ゲームと波及し、また、トレーディング・カードがヒットする。そのカードを売るのは、めぐりめぐってまた書店。私は書店でトレーディング・カードを販売することの是非を論じない。そうではなく、商売の種になるシーズが沢山あり、それを商売に結びつけことのできる人が成功しているという事実を述べているだけだ。見城氏は、そのことを非常に良く理解していると思う。狭義の出版業でみすみす逃していた利益を、自社にどうやってとり込もうかと、考えをめぐらせているのだろう。

しかし、誰もが儲けの多い関連ビジネスの方にいってしまって、狭義の出版業をおろそかにしたら、肝心の「金の卵を生むニワトリ」がいなくなってしまう。そうなっては元も子もないということになる。そういう意味で、狭義の出版業はある意味で保護されないといけない特殊な産業だと、私は思っている。

21世紀の社会は知的財産の価値が相対的に高まってきており、この傾向は年を追うごとに加速している。「知」の生産活動及び流通販売活動を行う出版業界の重要性は、高まりこそすれ低下することはありえない。我々は大前提として、そのことを正しく認識すべきだ。

図書館について言えば、建物のような箱物への予算ではなく、図書購入や有能なライブラリアンの育成、雇用などへ予算をシフトすべき、ということは以前から言われてきた。しかし、どうも我田引水の議論と受取られてしまう。「金の卵を生む出版業界」を育成すると言うことを大義名分にした方が、理解が得られやすいのではないか。戦後の日本は、基幹産業である石炭産業や鉄鋼産業に、資本を重点的に投資する傾斜生産方式で戦後復興の礎を築いた。同様の政策を「知的富の創出」に効果的な産業に行うべしと主張するのだ。

アニメ作家の育成や、海外から日本のアニメを勉強に来る人たちを援助し、日本で活躍できるように助成することも必要だろう。アニメを「現代の浮世絵」と位置づけ、その価値を高める努力を官民あげてするべきだ。アニメのハリウッドを目指すことを、本気で考える自治体が出てこないのが私には不思議である。全国の工業団地に閑古鳥が鳴いているという現状を見れば、アニメのハリウッド構想の方が、はるかに投資効率が良いと思う。

もう一つ重要なのは、現在、インターネットの普及もあり、世界的に英語の情報発信量が圧倒的に多くなっている点だ。学術分野においても、英語偏重の傾向は年々助長されているように思う。かく言う小社においても、英文でかかれた専門書の割合が全出版物の15%にも及んでいる。日本語より英語で出版したという研究者が増えているのだ。

日本語による出版物の質の向上、あるいは読者を増やすということは、日本の出版界だけの問題ではなく、日本全体にとっての問題でもある。英語による情報発信が増えつづけると、産業の空洞化ならね言語の空洞化がおきかねない。私は何も英語支配を排斥しようという偏狭なナショナリズムを唱えているのではない。日本語による情報発信は、意図的に増やさないといけない段階になっていると言いたいのだ。

そして、これは出版業界だけで解決できるような問題ではないのである。民間だけに任せておける問題ではない。現在、日本は戦後最大の経済危機を迎えている。戦後の傾斜生産方式に習い、「知的富」創出のための戦略産業を定め、それらの産業に対する重点的な育成策を打ち出すべきだ。出版業界はそのような戦略産業に入ると思う。しかも、非常に少ない投資で、大きなリターンが見込める貴重な分野だ。そのことを出版界にいる我々自身がまず認識すべきなのだ。

我々このようなことを理論武装し、世間の人達に理解してもらう必要がある。その際、一番まずいことは、出版界の主張が、既得権益を守るための運動と受け取られることだ。そのようなことにならないためにも、出版業界の非合理的な商慣習を改め、経済合理性のある業界に生まれ変わらなくてはならないと思う。「改めるべきは改め、主張すべきは主張する」という態度が必要だ。何故なら、我々の業界の未来は明るいのだから。


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